makonythm

まだまだ止まらないBEAT。mako2のリズム。

いつだって女子高生は制服で

先日『寝る子は℃-ute(キュート)』を観て以来…というワケじゃないンだけど、時期を同じくして、発作のように「AKB48」のシングル(メジャーでの3枚全て)をAmazonで購入しておりまして…。なんで「AKB48」なのかは自分でもワカリマセン。次回の小猫ちゃん(新東京レビューROUGE/8月に第3回目の公演であります)の作業をしている中で、ちょっと耳にして気になったの。なんかピンときた。だから、AKB48がどんな仕掛けなのかとか、チームAとかチームKとかチームBとか…ましてや個体認識なんて全くできていませんし、マトモに聴いたのははじめて。

しかし、一番メディアに露出しているであろう女の子集団の「モーニング娘。」でさえ、既にメンバーの名前を全員云えたりせず(商売柄、反省すべきですが)、なんとなく「記号(かわいい子がいっぱいいる、よくできたアイドルグループ)」として捉えてちゃってたりします。同じじゃないけど、同じだろ、と。所属事務所の違いはあれど、ハロ!プロとかAKB48とか…おニャン子クラブ以降の、所謂昔のアイドル(おニャン子登場以前の若きスターというか「憧れ」の対象)とは違う「隣の女の子的素人アイドル」特有の「女の子集団の匿名性」っていうのはあるよなぁ、とぼんやり考えてみたり。その「匿名性」はとても現代的だなぁ、とか。見分けがつかなくなった時点で「オヤジ」なんですが…それはそれで自覚してます。

で、今更あらためてアイドル(女子)グループについて色々考えたりするワケですが…歴史を紐解いたりしようとしたら、とんでもない事になっちゃうし、そんな事に詳しい人はもっと他にいるでしょうから止めておきます。最近の細分化されたアイドルグループ事情なんか一切ワカラナイし、語れませんのでね。うっかり「お詳しい方」に読まれて叩かれても嫌だしw

でも、まとまらないなりに、ちょっと思った事をまたダラダラと記録しておこうかな、と。

80年代半ば「流行りモノ」として、おニャン子クラブの波に乗ってたもんで「メンバーの誰が好き」じゃなくて「グループ自体の時代感が好き」だったのですよ(とはいえ、コニャン子クラブの会員だったりしますが)。UZUMEちゃんの時もそうでしたが、その時代に対する「在り方(スタンス)」が好きになっちゃう。…で、当時(高校生の頃)も、既にスタッフクレジットとかを気にしたりする嫌な子供だったワケです。多分、そこで、きちんと秋元康氏の名前を意識したんだと思います。まぁ、仕掛け人として話題にもなったしね(どうも、とんねるずは全然笑えなかったンだけど…)。

で、その後、色んなアイドルグループが出てきましたが、別に興味も沸かず。まぁ、明らかにおニャン子クラブのオマージュであろう「モーニング娘。」には、例の「時代感」もあり、それなりに触れていましたが(つっても追いかけたりするような年齢じゃないのでCDを聴く程度ですよ)、それからまた更に10年ですからね。で、その秋元氏が近年手がけるAKB48の事は知っていたものの、あまりにもコアなユーザーを狙ったコンセプチュアルな活動方法(秋葉原に劇場を構えた、会えるアイドル…って原宿ルイードのTPDみたいな感じ?)と、アーティストの出演が中心となってきた歌番組故の露出の少なさから、目にする事も少なく、あんまり気にしてなかったンですよ。

そんな中、偶然聴こえてきた『軽蔑していた愛情/AKB48』の歌詞に「ハッ」としたワケです。どちらもどこまでご自身の言葉かはワカリマセンが、とにかく「つんく♂の詞とは格が違う」と思ったワケです。ま、社会的な匂いが個人的に「ツボ」なだけかもしれませんが。とにかく「リアルにその世代にいる子たちが、絶対に辿り着けないリアルな表現」だからこそ、秋元氏の詞はサスガな感じがするのです。

もちろん、聴いた誰もが感じる「イジメをリアルに歌にするのか」ってのもあるでしょうが…ソコじゃなくて、この「軽蔑していた愛情」って、誰の愛情よ、ってトコ。いかようにも取れるとは思いますが、願わくば「親の愛情」の事であって欲しいなぁ、と(公共広告機構が「まず、抱きしめてあげて」なんて広告を打つご時世ですし)。歌の中の表現では「抱きしめて欲しかった “誰か”に」ってしてるンで、とらえ方によっては「誰か私を買ってください」って台詞で始まるカップリング曲の『涙売りの少女』とのあわせ技での「援交」のイメージもあると思うンですけど…それはあまりにもダーティー過ぎだろう、と(ただ、その辺の微妙なバランスも凄いンですけどね)。でも『涙売り~』の、明らかに援交を匂わせておいての「私には何も無くて/売るものがみつからない/頬伝う涙/買ってください」も冴えてるなぁ、とか思ってみたり(まぁ、涙以外のモノを買われちゃってるかもしれないけど、その子としては「涙」を売ったンだっていう…)。

で、その前のシングル『制服が邪魔をする』は、セーラー服の裾をヒラヒラさせながら妖しく踊ってるイメージ(どこかで観たPV)しかなかったものの…「待てよ」と。秋元氏はかつて『セーラー服を脱がさないで』とおニャン子クラブに歌わせたワケですが、あれから約20年を経て『制服が邪魔をする』としてるワケですよ(まぁ、こういった評は云い尽くされているとは思いますがw)。しかし、キーワードは同じ「制服」ですし、歌っているのは「女子高生」で、まぁ、基本的には『少女が大人になるタイミング』の歌で、そのジレンマを歌っている事にはなんら変わりが無い。これって古くないのか? 一周して戻ってきたってコトなのか? それとも秋元氏にとってのアイドル・グループというのはそういうものなのか。いや、そういうモノなんだろうとは思うけど。いつだって女子高生は制服で。

ま、でも…おニャン子の時は、制服(セーラー服)は「防具」で「友達より早く/エッチをしたいけど/キスから先に進めない」「もったいないから/あげない」なんて云ってたのに対して、AKB48は「制服を脱ぎ捨てて/もっと不埒な遊びをしたいの/何をされてもいいわ/大人の愉しみ/知りたい」って、もう防具だったものさえも脱ぐ気満々ですからね(脱いでないけど…またソコが巧い)。いや、時代は変わったなぁ、とは思います。積極的になったのね、女子高生。オジサン、ドキドキしちゃうよ(作詞が秋元氏だとわかっていても)。制服なだけでもドキドキしちゃうし。もう「誰が/見てても/関係ないわよ/キスしなさい」とか命令口調ですから(キスさせたかどうかは知らないけど)。そういや、寝る子は℃-uteの主役だった舞美嬢の強気な感じに、某掲示板あたりで「萌えー」とかってコメントがあったトコ見ると…「強気な女の子」に弱いンでしょうかね? 最近の男子は。因みに、僕の歳になると、強気な女の子はもう面倒臭いンですけどねw

しかし、この「ギリギリ今は不潔とは云わないかもしれない(とはいえ、汚れてないと信じたい)」ってバランス感覚が、秋元氏お得意の「リアルな素人アイドル」なんだろうなぁ。秋元氏の作品じゃないけど、百恵ちゃんの「ひと夏の経験」とか、当時の大人たちはドッキリだっただろうし。そう考えると「モー娘。」なんかはどこまでいっても、本当に「可愛い」って記号としてのアイドルなんだよなぁ(まぁ、最近は喫煙だの妊娠だのと、かなり夢の世界から逸脱してきてますが)。あ、あともうひとつ気になったのは、折角「秋葉原系」なのに、歌い出しから「なんで渋谷は/夜になるのがこんなに早いの」なのは、どーなんでしょうかねw

因みに『制服が~』のカップリング曲『Virgin Love』って曲ではセーラー服を脱がさないで的に「大人びた女の子/言うだけ/言うだけ/見栄っ張り/その先は未経験/背伸びをして生きてるの/大人びた女の子/見かけ以上サバを読む/早く誰か奪って」なんて歌ってます。まぁ、だから『制服が~』とセットで『とはいえ、汚れてないかもしれない』なワケだろうな。バランスとってるよなぁ、と。明らかに、モー娘。とかより、作り手に「A面と、その裏のB面」っていう(レコード時代の文化の)意識があるように思うのですが、どうでしょう? 余談だけど、CDになってトラックナンバーがはっきりしてるンだから「両A面」って考え方は無いよね。タイアップの関係で言い張っているアーティストとかいるけど。

しかし、なんとなく『制服が~』に『季節はずれの恋/吉沢秋絵おニャン子クラブ)』あたりを、『涙売り~』に『なぜ?の嵐/吉沢秋絵おニャン子クラブ)』を連想させる…というか、明らかに同じようなリフなのは「そういう具体的なオーダーだった」って事で、AKB48側の作曲者井上ヨシマサ氏的に問題無いのでしょうかね…。いや、好きですよ、AKB48の曲。

しかしアレだね。歳を重ねた女性が「ハンカチ王子」だの「ハニカミ王子」だのと『初恋』を追いかけてるのに、このAKB48に描かれた『若者のリアル』は、なんか薄暗いね。つか、若者に限らず世間のニュースが暗いもんね。まぁ、だから「初恋」とかこれまた現実味の無いイメージの世界に行っちゃうのか。つか、そのAKB48の次回作は『BINGO!』とかって(曲は全然知らないけど)『会いたかった』的なハッピーソングらしいです。またまたナイスなバランス感覚でハンドル切ってる感じですね。でも、女子高生はそーゆー方が見てて安心するよ、オジサンは。いや、もう追いかける体力も気力も無いけどさ。つか、そもそも「そーゆー興味」じゃないから。

あー、またダラダラと何が書きたかったのかわからなくなってます(苦笑)。

更に、なんか「今更」的な内容で申し訳ありませんねw

で、最近は連鎖して『少女隊』とか掘り返して聴いてみたりしてます。